窓と私

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[今日の朝食]
● 卵サンド
● バナナ
● 水
● コーヒー

午前8時

顔が腫れぼったい。

昨日の夜にインスタントラーメンを食べたせいだろう。

それにホテルのベッドの枕がやわらかく、いつもうつ伏せに顔を埋めて寝るせいでもある。

運動不足も相まってこのザマだ。

カーテンの隙間を眺める。

白ずんだ空の明かりが隙間からやさしく広がっていた。

窓を開けて湿った空気を外に吐き出す。

ウガンダは3月から6月にかけて雨季になる。雨季と言っても週に何度かぱらぱらと軽い雨が降れば良い方で、とにかく空気はカラッとしている。カンパラはアフリカの軽井沢なんていう人もいるが、日差しの強い軽井沢よりもだいぶマシだ。

薄暗くて、窓を開けるとゴミ袋の山が見えた前の部屋と違い、今の3階の部屋からは広場を見渡せる。手前にはバナナの木が並ぶ。最近はだいぶ風が強くなり(そのせいで屋根が軋むくらい)、バナナの木は物干し竿に掛けられたタオルみたいに横殴りに揺れた。向こう側にはホテルがあって、白いシャツ姿のインド人、退屈そうな黒人女性の門番、上半身裸で洗濯をする隣人、みんなミニチュアみたいで可愛い。

30歳の時、ドイツのミュンヘンの部屋で、こうして外を眺めていたことを思い出す。

白い雪に覆われたアパートが並び、その向こうには水力発電所があって煙突から白い蒸気が昇っていた。目を細めると二つの丸い塔が並んだ教会、さらに先には積雪したアルプスが並ぶ。夜、暗がりの中でオレンジの街灯に照らされた生垣のツゲの木と雪が見えていた。

21歳の時、相模原の学生寮の部屋で、こうして夜景を眺めたことを思い出す。留学生の友人にその気にさせられて引っ越した寮は、1階の最も日当たりが悪い部屋をあてがわれた。明け方に反対側のマンションから跳ね返る日差しが唯一の光だった。8階の友人の部屋に遊びにいった時、雲一つない夜空と住宅の明かりがポツポツと光っていて、相模原の夜がこんなにも美しく見えることに驚いた。

アメリカのユージーンに居た頃、香港人の友人のリビングを間借りしたことがある。

ある日家に帰ると、リビングのソファに白髪の老女が寝ていた。

香港人は理由も言わずに彼女を私に紹介した。

で、私は老女と一緒に狭いリビングで雑魚寝することになった。

でも彼女は一晩中リュックの中を弄っていて、先に寝る姿を見たことがなかった。

数日後の真夜中、急に物音がして目を覚ますと、もう一人のルームメイトの香港人が風呂場のドアを叩いていた。老女がずっと吐いていたらしい。翌日、老女は追い出された。

「なにもそこまで」

と最初は思ったが、後で老女が元々ホームレスだったと知った。

もう老女が戻ってくることはなかったし、まともな会話もできなかったから、特に名残惜しい気持ちはない。ただ、香港人の友人と何やら真剣にむつかしい政治の話をしていたこと、汚れた水色のパーカーだけは覚えている。

もう十数年前の話だ。彼女の記憶は私と香港人の二人の片隅には残っているだろうが、それ以外は誰の記憶にもないはずだ。当時、70歳くらいだったろう。あの後、凍えるようなユージーンの冬を越していたとしたって、あの身体じゃあ長生きはしていない。

あの時、他人の面倒なんてみるくらいにできた人間じゃなかった。

ただ、リビングが広くなってせいせいしていた。

今でもそうかもしれない。

おやすみなさい。

部屋を一つ変えるだけでも随分と気持ちが明るくなった。

窓から外は見えるのに、ガラス一枚でこっちと向こうの世界はまるで違った。

ケータイ画面の向こう側の世界と大して変わらない。

違うのは画面の中の世界は何度だって再生できることだ。

窓の向こう側には一度きりの世界があって、もうそれは記憶の中でしか振り返ることができない。夜、窓を開けると蛙の声が響き渡っていた。



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