ホテルと私
[今日の朝食]
● ピーマン・人参・玉ねぎ入りのエッグフライ
● サモサ
● 手羽先とトマトソース
● じゃがいもとトマトソース
● カチュパリ(野菜の煮物)
● プロテインとミルク
● コーヒー
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親愛なる○○
当地の苗木業者は使わず、別の業者を使うことにしました。
どうぞよろしく
××
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これはまずい。雇用しているローカルスタッフのメールをみて、嫌な気がした。
案の定、彼から連絡はない。スタッフが電話しても梨の礫だった。
仕方なく別のスタッフに連絡させて、現地にいくとものすごい剣幕だった。
「二度とあのローカルスタッフにはこの地を踏ませない」
彼の父は地元の政治家だった。
この地のルグバラ語が西ナイルでもっとも高尚だと自慢した。
地元の業者を無下できない。
(金もないくせによく言うぜ)
税金を払っている日本人からすれば、実に惨めなくらいにくだらない保身やプライドだった。仕方なしに見に行った当地の業者の苗場が雑草だらけだった時、彼は目を背けたっけ。
だけど、彼は大真面目だった。
アメリカに留学していたころ、夏休みにカルフォルニア州へ向かった。
ロサンゼルスで香港の友人にピックアップしてもらう。
とにかく金が無くて、車の中でチーズたっぷりのフライドポテトを食べた。
「おい!トンマな中国人、早く渡れよ!」
横断歩道を渡ると、黒人に怒鳴られた。
それからグリニッジ天文台を見て、ハリウッドの看板を眺めてから、近くのモーテルホテルで泊まった。部屋の中は緑のマットに真っ赤な壁。ベッドは白のシーツに木造の台座になっていて、もうほんとにクラシックなモーテルホテルだった。駐車場にはネオンサインのボードが点滅していて、受付に行くと洗濯物袋を抱えた小太りの黒人女が受付の白髭老人と怒鳴り合っていた。テレビは白黒で、ひとつも英語が分からなかった。怖くなって直ぐベットに潜り込んだっけ。
西ナイルのユンベにはバヤニホテルがある。
電話してもいつもつながらない。グーグルマップにだってろくに映らないから、着くまで部屋が開いているのかがわからない。
行くと大抵は、難民居住区の支援団体やらNGO職員やらがワークショップをしている。
朝食のレストランの向かいには門があって、グランド・ブダペスト・ホテルみたいに紙芝居を見ているみたいに正面に門番が座っている。
「アルアからまだその先があったんだなぁ」
シャワーヘッドが壊れているせいで、蛇口からでる冷たい水で体を洗う。 ユニットバスの蛇口の目の前にはトイレの便座があって、格子窓から光が差し込んだ。
夜には鈴虫の音しか聞こえなかった。
声は静かに廊下に響いて、電気を消しに行くとホテルには私一人だけみたいだった。
朝起きるとミストがかかっていた。
澄んだ空気の中で食べるホカホカのじゃがいもは格別だった。
あとモヨのマルチ・パーパス・ホテル。
クリスチャン系で全部平屋のホテルだった。
5時くらいにマンゴーの木の下でウガンダ人たちのミサ(?)の歌声が聞こえる。
入り口の向かいの学校の校庭からは生徒たちの遊び声とドラム音楽が響いている。
シャワールームはタイル張りでバケツが一つ。
ベットルームにはneues Abendとドイツ語で書かれた聖書が一つ。
お金を支払いに行くと、受付の小屋にはオレンジ色の明かりが広がっていた。
昔のテレビみたいに靄がかかったみたいで、受付の老女は緑のスカーフを巻いて寝ていた。
「英語、どこで学んだの」
「アメリカ、そこで留学してたんだ」
「あら、じゃあ、母国に帰ったらもてはやされるでしょう」
「私も行きたいなぁ、でももう疲れちゃった」
おばさんは眠そうな顔をしながら笑った。
おやすみなさい。
あのキレた政府官との話しは平行線のまま、当地のホテル・ブリザードに泊まるしかなかった。向かいにはヤシの木とナイル川があって、夕暮れの中でウガンダの女と子どもが洗濯をしていた。
「俺、いま付き合っている人がいる。来年、結婚するんだ」
ローカルスタッフがほっとした顔で西ナイル川を見つめてそういった。
「ロー、この川をバックに写真撮ろう」
普段、スタッフと写真を撮ったことが無かった。
そもそも他人と写真を撮るのって、いつ以来だっけ。
ドライバーに撮ってもらった写真は斜めに傾いていて、ピンボケしていた。
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