ウガンダ人と私
[今日の夕食]
● マトケのフライ
● 葉野菜の塩炒め
● 牛肉・ピーマン・玉ねぎ・人参・ピーマンのトマトシチュー
● チャパティ
● パイナップル
● ミルクコーヒー(プロテインパウダー入り)
● 水
「今、ジムから帰ってきたところ」
海外の友人が火照った顔をしながらそう言った。
直後に私はこう思った。
「ああ、ドイツにもジムがあるのか」
そりゃ当然だろう、と今なら言えるが、当時の私は新鮮に驚くとともに羨ましく思った。移民の両親を持つドイツ生まれの彼女は、ドイツ語を流暢に話し、自分の意志で自由に生活していた。一人で電車に乗ることもままならない私と彼女には、避けがたい差があった。
「南スーダンではティラピアを塩漬けして食べるんだ」
首都のカンパラへ向かう車中で、レンタカー会社を経営するマジドはそう言った。
任地のアルアにまともな車はなく、カンパラで政府から用意されるプロジェクト車を今か今かと僻地で待ち望んでいた。カンパラでの引き渡しがようやく決まり、アルアで見つけたレンタカー会社を使い、最初で最後の長距離旅をした時のことだった。
会社には数日前から連絡していたが、手配していた車とドライバーはやってこなかった。
電話すると、見慣れないオンボロのランドクルーザーでマジドがやってきた。
「大丈夫さ、俺はケニアと南スーダンを一日で行き来するほどだ」
マジドの笑い顔は、死にかけのミイラみたいだった。
90年製のランクルの車内は埃だらけで、シートベルトの半分は壊れていた。荒道になると後部座席から不気味な音が響き渡り、エアコンの吹き出し口からは腐ったチーズの匂いがした。次々と追い抜かれる車を横目に、マジドはギアを弄りまわした。
漁獲規制の厳しいウガンダと違い、南スーダンの漁獲は盛んだ。ナイル川で獲れたティラピアを塩漬けにした干物を、ウガンダ人は好む。ティラピアを求めて、マジドはアルアからユンベを渡り、神の抵抗軍1の手の届かないアジュマニの国境から南スーダンへ入国する。
獲れたてのティラピアを車に積んでアジュマニからウガンダへ戻り、西ナイルを南北に駆け巡り、コンゴでティラピアを売りさばく。コンゴから戻ると、次はウガンダを横断してケニアへ入国する。中古車と機械部品を持ち帰り、会社で使い回すためだ。
ミイラ顔になるのもうなずける。

カンパラには新品のランクル1台とピックアップトラック2台があった
相手側の署名者が不在だったが、こちらの職員がキレ散らかしてくれたおかげで代理人がやってきた。ホテルまで輸送してもらうと、ドライバーが車をどこかへ連れて行ってしまったが、3台のうち2台は翌朝に見つかった。
車を連れてアルアへ戻った。新品のランクルは快調に進んだ。
冷房よし。
リクライニングシートのツヤよし。
タイヤのハリよし。
ようやくウガンダで安心して車に身を任せることができた。
アルアに近付いた頃、埃だらけのランクルを追い抜かした。
曇りガラス越しにマジドが見えた。私はすかさず手を振った。
中古のランクルは左右に埃をあげながらクラクションを響かせた。マジドは笑っているように見えたけど、夕暮れに照らされたランクルはあっという間に見えなくなった。

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1980年代後半からウガンダ北部を拠点に活動を開始した反政府武装勢力 ↩
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