自分と私

less than 1 minute read

[今日の夕食]
● 味噌汁
● ご飯
● たくあん
● 秋刀魚の塩焼き

中学生になった頃、これまでの自分とは裏の自分があるように感じた。

それまでは家にいる自分=外にいる自分、だったと思う。だけど、友人に見せる顔、先生に見せる顔、両親に見せる顔にズレが出てきた。それに気が付かずどんどんズレが出てきて、本当の自分が分からなくなって不安になった。

クラスメイトの図体と態度もどんどんでかくなって、周りがばらばらになっていくのを感じた。それからだろうか、中学よりも塾にいるときの自分の方が、やけに落ち着ついていた気がする。後ろでふざける生徒を差し置いて、一番前の席でまじめ腐って先生の話を聞いていた。成績も急に良くなって、上位クラスの他の町の人と仲良くなった。

あるとき、異常にムシャクシャしたことがある。

中学校で友人に馬鹿にされたからだろうか。親に怒られただろうか。とにかくムカついていた。まじめなふりして塾で話を聞くのが急に馬鹿らしくなった。

ある日の塾の授業後、塾長に呼ばれたことがある。

その人は達磨みたいな体形で無精髭がいつもある男性だった。国語の担当で、ピーナッツをつまみにビールを飲みながら、満点の回答を眺めていると茶化してきた。

置かれたテーブルには私の解答用紙があった。答えは空欄か当時ハマっていた漫画のタイトルとかキャラクター名だらけの回答になっていた。

「お前、先生をおちょくるなら塾やめろ」

そう言われたことを覚えている。 いつも気さくな茶髪の女性の先生が腕を組んで、部屋の入り口で私を見つめていた。まるで中学校の自分に戻された気がした。

その後、英語授業の時、涙を流してしまった。

英語の先生はかなり驚いていた。きっと友人よりもミニテストの成績が悪かったから?といって私を慰めようとした。体調が悪い、と誤魔化した。それから授業後に母が迎えに来て、自転車の後ろに乗って家まで帰った。

大学生になってすぐに家を飛び出した。

自分だけの部屋が欲しかったからだ。枕の上で自分の理想の絵を描いた後、親に見せつけるようにそのままにして寝たことがある。

「あら、チューターなのに淵野辺祭りでられないの、困るわねぇ」

管理人のおばさんにそう言われた私は素直に謝った。

相手を変えるよりも自分を変える方が楽だった。

それが若さの証と思った。

それから学生会館のイベントはほとんど出席した。将来の東大の助教になるチューターは学生会館の会長になっていた が、実質的に会館を動かしているのはこの自分だという自負さえあった。

おやすみなさい。

「仕事にのめり込む前の自分を忘れた」

ある上司はそうぼやいていた。

「仕事に就くと、悩むことが急に無くなる」

浪人しているときにマンモス予備校の講師がそう言ってくれたことがある。

あと何度自分は変わるのだろうか。



コメントする