修士論文書きました

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ここ半年ほど、仕事もいかず、勉強もせず、ユーチューブのおすすめ動画を食いつぶす生活を送っていた。ジャージ姿のまま一日が終わっていく。修士論文のための文献集めよりも、料理チャンネルやゲーム実況動画を嬉々として眺めている。クソみたいな日々である。

そして何故かこういうときほど、すごくスケールのでかいことを考え出してしまう。論文を書き上げる、就活、博士、投資、起業、ノマド、etc.…時間があるやつほど空想する世界は肥大化していくものなのだ

とどのつまり論文の進捗は大いに渋った。ビットコインの動向やベーシックインカムに心奪われた。数年ぶりの年越しを日本で過ごし、薄暗い冬の時期をフラインジングで乗り越した。お気に入りのチャンネルサイトの登録数はみるみる増えた。身近にいた気がしたユーチューバーが私の手を離れるような、アイドルの卒業を見送るファンの気持ちがわかるような気がした。指導教官の気持ちなど、少しもわかっていなかった。

パソコンのメールフォルダに1通のメールが届いた。指導教官より、私のもとで修士論文は書くのはやめたのか確認したいという旨のメールが届いた。カレーのスープを一晩寝かせるように、メールには触れず、そっとG-Mailを閉じた。ややあって、書いていますのでご心配なさらずとお伝えした。

イースターのとある天気の良い時、ベランダでそことなく今後のスケジュールを振り返ってみた。論文締め切りまで2か月を過ぎていた。2か月。スケール感がわかない。しっかり週の数、日数で書くと。

8週間。62日。

書かなければならない部分、背景、目的、問題提起、仮説設定、文献レビュー、分析、ディスカッション、結論、およそ8項目。データ分析は1週間、ディスカッションには1週間、結論4日、推敲4日。文献整理、総論、指導教官の推敲、もろもろすべて抜けている。

いやな感覚が背筋に走った。もやもやとした感覚が下腹部のあたりにたまり、むかむかとした便意が込み上げる。指先の感覚は薄まり、足元が宙に浮いたような気分になる。

ここからのことは感情の起伏も激しかったため、どう事の詳細をお伝えしたらよいのかよくわからない。

そんな時によく使われる手法として、日本史年表のように年月日単位であらわすというやり方がある。この論文の取り組みをスタートから終わりまで、月ごとにまとめたらどうなるのか見てみよう。

12月某日、論文開始 フライジングの町々にイルミネーションがともるクリスマス、一世一代の修士論文が始まった。メリークリスマスもくそもない。

1月 正月も終わりましたがまだ何も書いてません。

2月 旧正月ですがまだ何も書いてません。

3月 論文終わらせる予定でしたが結論書いてないし、そもそもイントロも書いてないので結論も書けません。分析データの結果も出てないし、そもそも何を分析するのかもよくわからないので論文終わってません。

4月 新学期ですけど、まだイントロです。イースターですけどまだイントロです。

5月 卒業記念と称してマルタに居ますが、そもそも論文まだだしてないので卒業してません。バレッタでコーヒー飲みながらシナモンロール食べたいですが卒業していないし、論文だしてないのでホテルで論文書いてます。

5月某日 奇しくも私の誕生日が、指導教官との面談日と重なった。なかなか辛辣なコメントをいただいた。最後に何か、聞きたいことはあるかと問われ、よっぽど、「今日は私の誕生日なんですけど」と申し上げたかった。齢29にしてこの様である。

6月 日本の帰国準備でもする予定でしたが論文終わってないので、かえれまてん。気が付いたら必修のリサーチプロジェクトもまだなので、それも終わってないのでかえれまてん。本当の自由なんてないんだなんて独り言ちながら日本に帰りたくてベットで震えていますが、まだ論文出してないので、日本にもかえれまてん。

7月1日 論文提出

ついに論文出しました!当初の予定から4カ月弱遅れてます。荷物まとめて日本の花火でも見に行きたい気分です。

7月4日 論文不受理  学部の部屋に呼び出し。質・量ともに受諾できるレベルではないと伝えられる。最後のチャンスをやるからもう一度、書けといわれる。書き直し。

7月18日 論文再提出

非常に提出的な。

7月21日 論文不受理

非常に不受理的な。

7月22日 論文のため丸1日完全に徹底して論文。

7月23日 論文為丸一日完徹執筆

7月24日 ゲームオブスローンズシーズン1為丸一日完徹鑑賞

7月25日 ゲームオブスローンズシーズン2為丸一日完徹鑑賞

7月26日 ろすじぇね

7月27日 んじゃめな

7月28日 ぶんちん

7月29日 んごら

7月30日 RONBUN

7月31日 論文提出・最終発表

だした。なんとかだした。小学校の夏休みの宿題だってこんなにぎりぎりじゃなかった。

都度、論文に思考を向けようとすればするほど、中心の目的地からとてつもない引力で遠く彼方にはじき返されることがあった。はじかれたその先の向こう側には、ユーチューブ、インスタ、ツイッターが立ち並ぶ銀河系SNS0123系がとてつもない重力でもってハチャメチャに押し寄せてきた。論文で泣いている場合じゃあない。弟者のデットバイデイライトやゲームオブスローンをみなきゃあならない。水曜日のダウンタウンやさんまの向上委員会を見て、今後の芸能界やテレビ界に思いをはせにゃあならんのだ。それがおいらの使命だった。

気がふれたのかドイツ、留学、就職などとたまにネットで調べた。ドイツの職場環境を礼賛する記事もある。しかし、こういうときに目の引くのはたいてい、ネガティブなことしかない。鬱気味の頭に毒をもるように、次第に頭が重くなる。パソコンのログインパスワードを何度も間違える。心臓がおもりを吊るしたように重くなる。今だって苦しいのに、この先もまた苦しいと思った。ベットで寝転んでユーチューブ見ていた方が、たとえその場しのぎだとしても、楽しいと思ってしまった。

それでもだした。だしきった。発表が終わったあとの、日の差し掛かるベンチで吸ったたばこの味は二度と忘れないだろう。ある同僚は博士課程の発表のあと、丸2日寝ずに過ごしたという。興奮状態が続いたのだろう。私の場合、それはゲームオブスローンズへの世界に没入するという形でやってきた。

マルタがゲームオブスローンズの舞台と知ったのはその頃だった。

よーし、またマルタいくどー!

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